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これで終わりというものがないから ~ やわらぎの季(とき)

かわのかみさよこです。こんにちは。

突然ですが、ラビィサリというグループをご存じですか?


~さよこのキルト&ポジャギ&断捨離チックな暮らし~


ウード 常味裕司

パーカッション 和田啓

ボーカル 松本泰子


ラビィサリ


花が咲く時の力・・・を意味する造語だそうですが、まさにその力を感じるようなリズムと旋律、そして歌声。2007年、トルコ旅行を目前に控えての出逢いは、まさに驚きと転機をもたらしてくれました。


花が咲く時

その時期は、その花にしか分からない。


私にとってのその時期が、彼らとの出逢いとまさに重なっていたと言っても過言ではないようです。

アラブ音楽の美しい旋律、心の中を通り過ぎる風のようなリズム。

その音色が身体の隅々まで染み渡り、魂が彷徨う感覚、不思議な時間旅行を体験しているかのようでした。


その瞬間、私はイスタンブールのブルーモスクを見上げていました。

確かに、その風景の中にいたのです。


実際に見たことのない風景、感じたことのない空気。

けれど私には、感じる物がありました。


そしてその時、次のキルト展には、ラビィサリをお迎えしようと心に決めていたのです。


ラビィサリのメンバーとお約束を交わし、旅立ったトルコ。イスタンブールに着いて直ぐに訪れた場所が、そのブルーモスク。

~さよこのキルト&ポジャギ&断捨離チックな暮らし~


その日は、ホテルに行く前にブルーモスクの夜景を観たのですが、ちょうどお祈りの時間を知らせる放送の時間と重なりました。街全体に響き渡るようにお祈りが流れます。

何とも幻想的なのでしょう。ライトアップされたブルーモスクの美しさとマッチして、思わず感嘆の声を洩らしてしまいました。

シャッターを押すより、この眼に焼き付けたい。 この浄よらかさを肌で感じたい。


ライトアップされたブルーモスクを見たわたしは、


「アジアとヨーロッパが融合されたトルコのイメージ、トルコブルーを使ったキルトを作る!」

そうつぶやいていました。



しかし、思いを行動に移すのには相当なエネルギーと時間を費やします。


構想が進まず、なかなか手が動かないまま、展示会が迫ってきます。キルト教室の主宰者として、生徒さんたちのアドバイスは大仕事。催しが迫ればなおのこと、そのことにも心を傾けなければなりません。


制作時間を取れないジレンマ。この作品は、きっと、キルト展には間に合わない。

そういう思いがどんどん私を追い込んでいきます。


デザインと構想はできあがったものの、私の一番大好きな、そして大切にしているキルティングが完成しないまま展示会を迎えてしまうことに。納得がいかない 未完成品 として迎えたキルト展。

けれど、頑張ってくれている生徒さんのために延期はできず、キルティングで押さえられていない、ぷかぷか状態のまま展示。

恥ずかしさと情けなさに、言葉もありませんでした。

生徒さん、そして、来てくださるたくさんの方々に申し訳ない。


自分を責めていた私に

「それはそれで、言い訳せず、今の自分の精一杯の状況である事を受け止め、発表すればいいがいね。紛れもなくそれは、現時点の完成品なのだから。」


「キルトは、これで完成ではなく、これからも進化し続けて行くはず。二年半後に、新たなキルトとして見てもらえばいい。二回も新作に会えて、見る人の楽しみが増えると思うけどな。」

こう語りかけてくれた友人がいました。

私の作品を撮り続けて下さっているyamaさんでした。


ここでもそうでした。
こうあるべきだと言う自我が捨てられないのです。

私の断捨離すべき固定観念。

その時点では、完全に納得できていたわけではないのですが、こうなってしまった自分を受け止め、受け入れるしかないと、気持ちを収めました。


そして当日。

ラビィサリの歌声が、キルト会場を包み込んでいきます。


李政美さんの『祈り』とはちがう、誕生、再生のイメージ。

~さよこのキルト&ポジャギ&断捨離チックな暮らし~


~さよこのキルト&ポジャギ&断捨離チックな暮らし~


完全なる物にこだわっていた自分自身が、まさにその場所で解きほぐされていくのです。


そして、追い打ちをかけるような、泰子さんからのメッセージ。

~さよこのキルト&ポジャギ&断捨離チックな暮らし~


「キルトも音楽もこれで終わりと言うモノがないのかも知れません、、、、」

はっとしました。

完全な物をめざすあまり、本当に大切なことを見失うところでした。


完全な物など、この世にあるはずはないのです。


キルトも、未完成な部分を残すことを常としています。そんな基本的なことを、人に教えながら、心で分かっていなかった。自分にその余裕がないから、ついつい生徒さんにも無理をさせていたのかもしれません。


その日その日が、大切な一日だとするなら、その日にできあがったところまでが、その作品の完成の姿。そして、明日があるから、またその続きが楽しめる。そういうことを、二人の言葉から受け取ることができました。


精一杯の心を込めた、私のキルト 「やわらぎの季」


このキルトは、成長する私の分身であるかのように思えました。

~さよこのキルト&ポジャギ&断捨離チックな暮らし~


二年半後に、改めてキルトに出会って戴く約束をしました。
それは、私の心に希望の灯を燈してくれました。

年齢を重ね、できるようになったこと、分かるようになったことはたくさんありますが、その代わり、手放していくこと、できなくなることもあります。


できなくなることに視点をあてると、それはとてもつらく悲しいこと。


これまでの私は、その足し算の中でもがいていたようです。


しがらみやしきたり、こうあるべき・・・というものを、やりとげることが大切なことだと思い込んでいました。そうではなく、今の自分自身を、今の私をどう輝かせるか。


そのことの中心は『物事をシンプルにとらえること』。


これまでお世話になってきた先生や仲間たちからも、自立する時が来ていたようです。

そういうことさえ、考えられなかった自分からの脱皮でした。


とても長くなりました。


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。





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